1972年 春から 1973年 夏まで、香港で「鳶職」をしていました。

付帯設備を建造した1号埠頭。


当初 住まいが決まっていなくて、仮住まいは、コンテナ ターミナルを作る 向かい側の小島(青衣島)
今は空港への途中になって数本の橋が架かっていますが 当時は孤島でした

写真の上、雲の陰で黒くなっているあたりの斜面にあった 現地作業員宿舎に間借りです
夜には、作業員宿舎の上にあった別な人々(多分 火薬を扱う特殊作業員?)と麻雀です
点棒などなく、コインが行き交う賭けマージャン。ルールがちょっと違いましたが
日本人だと知ってか、けっこう小銭を勝たしてくれた、気の良い人々でした(笑)

交通手段は 島に通電するミニ発電所の埠頭に立って通りすがりの小舟をチャーターすることです
料金は船の種類と交渉次第ですが、香港ドルで 2ドル程度だったと記憶しています。

途中に寄るところがある(と言っている?)と、目と鼻の先なのに、小1時間ほどかかったり
ちゃんと伝えた(と こちらは思ってる)場所と全く違う方向へ行ったり、散々でしたが・・(笑)

その小舟、今回の旅行では 全くと言っていいほど見かけませんでした、あの人たちは何処へ?


これらの写真は「現代貨箱碼頭 有限公司」から戴いた資料によるものです

これは、今工事が行われている9号埠頭。その小島(青衣島)が大変身していました。

当時 周りには何も無い ほんとうに寂しいところだったんですよ!それがこの高層ビル
(多数の船が見えますが、工事用の船です)

高層の建物といえば、↓が、島を抜け出し 住んでいたマンションです(笑)


ちょうど中央 上の階から2〜3階下に下がったあたりに居たと思います。

空港から街へ行く途中、見慣れない高速道のような道を通りましたが、そこから見た「美浮新邸」


宿泊していたホテルから、地下鉄に乗って 訪ねてみました。(この地下鉄も 前には無かった)


海だったところが埋め立てられ、道路 鉄道 または公園になり、国土拡大してるね「香港」(笑)


このブロックの右は『海』でした。部屋の窓から見ていて、何度思い留まったことか!!
え?何を・・って?クスリですよ 「薬」。当時の香港は 無法地帯でしたからねぇ・・

飲んで幻想を見、鳥になったと思い込んで窓から飛んで・・そういう話も聞きました
LSD ヘロイン・・・ なんでも 10ドル出せば手に入った 「ベトナム」時代です、ホント。


楽しい想い出を 再認識させてくれた 今回の香港旅行、行って良かった♪



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