序   文

 旧石器時代の遺跡はしばしば郷土史に関心を持つ古老の脚によって見つけ出され てきた。

 早坂平遺跡もその列に加わるものです。遺跡は、昭和53年に山形村内の道路改修 が行なわれた際、以前成谷遺跡を発見して旧石器に興味を抱いていた同村在住の長 内三蔵氏が観察に来て、道路の下斜面にブルドーザーにより押し出された土壌中か ら十数点の石核・石刃類を採集し、その後さらに道路際の崩れた斜面より30点余の 石器を見つけ、旧石器時代のものであることが確認された。

 岩手県立博物館の名久井文明氏から送られてきた同遺物の写真が、出土地が考古 学的調査の空白地帯である北上高地の一角であることとともに、青森県長者久保遺 跡の石器群との関連で私の興味を引いた。早速、名久井氏に同行していただき、長 内氏宅を訪れ、同村教育委員会の川向石造氏を交えて採集石器類を検討し、調査の 可能性について相談した。翌日、長内氏の案内で石器の採集地点を見て回り、立地 上も有望な遺跡であることが確認できた。

 帰京後、「岩手県九戸郡山形村沼袋在、大型石刃出土地点の発掘調査」の研究課題 で平成元年度の文部省科学研究費(一般研究C)の交付を申請した。この調査の実 施に当たっては、山形村教育委員会ならびに土地所有者各位の格別の配慮をいただ いた。また小笠原寛村長をはじめとする村の方々のご協力をいただいた。厚くお礼 を申し上げる次第である。
   1991年1月

安 斎 正 人


1991年3月 岩手県山形村教育委員会発行 山形村埋蔵文化財調査報告書 2
早坂平遺跡
― 原石産地遺跡の研究 ―
研究代表者(東京大学考古学研究室)安斎正人氏の序文から



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